株式会社フォーラムエイト
オートモーティブ アドバイザー

松井 章

Akira Matsui

1959年生まれ。三重県伊勢市出身。大学卒業後、1984年に某自動車会社に入社。空力性能を中心としたクルマの運動性能評価を担当。
その後、電子制御システムの開発部署に異動し、ABS/ESPやADAS/AD関連の開発に従事。さらに、インフラ協調システムや、MaaSの企画・開発も担当。退社後、現在は、フリーランスとして、クルマ開発に関する各種業務を受託。

第3話 クルマの電動化

はじめに

第3話は、「CASE」の「E」。Electricの頭文字であり、クルマの電動化、すなわちEV (Electric Vehicle:電気自動車)の状況を取り上げます。

気候変動の主要因と考えられている温室効果ガスのなかでも、CO2濃度は産業革命以降、年々増加の一途をたどっています。日本では、運輸部門の自動車からのCO2排出量が全産業の約16%を占めているといわれています。2050年を達成目標年度としたカーボンニュートラル実現に向け、クルマの電動化は重要な手段のひとつとして、大きな期待が寄せられており、日本を含め全世界で開発・普及が加速しています。

表1に示すようにEVにはいろいろな種類があります。BEVのみをEVとする分類方法もありますが、本講座では、BEVはEVのうちのひとつの種類として位置づけます。自動車業界特有の省略語がたくさんでてきて、ちょっと戸惑うかもしれませんが、どうぞ一席お付き合いください。

EV

電気自動車

BEV

Battery Electric Vehicle

充電式バッテリーの電気を利用

ハイブリッド車

HEV

Hybrid Electric Vehicle

ガソリンと電気の2つのエネルギーを利用。外部充電不可

プラグインハイブリッド車

PHEV

Plug-in Hybrid Electric Vehicle

ガソリンと電気の2つのエネルギーを利用。外部給電可能

燃料電池自動車

FCEV

Fuel Cell Electric Vehicle

充電式バッテリーの電気を利用

ICEV

エンジン車

ICEV

Internal-Combustion Engine Vehicle

ガソリン/ ディーゼルエンジン車

表1 EV/ICEVの種類

HEVの代表選手のプリウスは、もう30年近くの歴史があり、街に溶け込んでいます。BEVでは、特にテスラ車が日本でも大変よく見かけるクルマとなりました。みなさんも「EVシフト」と呼ばれる、ICEVからEVへの転換が進んでいることを実感されているのではないでしょうか?

ちなみに2003年設立のベンチャー企業であったテスラ社が、2017年にはGMを抜き、時価総額で全米首位の自動車メーカーとなったという衝撃のニュースは、まだ記憶に新しいことと思います。テスラの上場は2010年。100万円分のテスラ株をIPOで購入し、そのまま保有していれば、今年の春頃の相場では、3億円を超えるほどの価値になるそうです。「たられば」の話とはいえ、ちょっと夢がありますね。

ここからは、注目を集めているBEVにやや力を置きながら話を進めることにします。(図1)


図1 BEVイメージ

BEVの特徴

ICEVとBEVの主たる違いは、いうまでもなくパワートレーンになります。BEVのパワートレーンは、エンジンの代わりに、「三種の神器」と言われるモーター、インバーター、電池で構成されています。電池に充電しておいた電気をインバーターによって交流に変換し、モーターを回転させ、タイヤに力を伝えるという仕組みです。パワートレーンの話題は、様々な場で取り上げられることも多いので、詳しい説明はそちらに譲るとして、ここではBEV化により変化があったその他の部品の話をしたいと思います。

BEVには、一部の例外を除き、8速ATやCVTなどとカタログに謳われる多段の変速機構がありません。後退時も、モーターを逆回転させるだけなので、リバースギアは不要です。これは、モーターが低速から高速までの広範な速度範囲で効率的に動作し、適切なトルクをソフトウエアで制御することができるからです。特に発進するときに最大のトルクを発生するという特性は、クルマという重量物を動かすパワーソースとしてすぐれた特徴を持っています。

エンジンがないことにより、ブレーキシステムの構成も異なってきます。ICEVには、エンジンが発生する真空を利用してブレーキ力を増幅するブレーキブースターという部品が搭載されています。BEVでは、エンジンの代わりに真空を作り出すための電動ポンプが使用されます。この場合、いままでのブレーキブースターを流用することができるというメリットがあります。また、ブレーキ・バイ・ワイヤ方式が採用されている例も多くあります。検出されたブレーキペダルの操作量に基づき、アクチュエータが直接ブレーキを制御しますので、ブレーキブースターは不要となります。ちなみにBEVは、回生ブレーキと呼ばれる機能も活用します。アクセルペダルを離したり、ブレーキをかけたりしたときに、モーターを発電機として使用して、車両の運動エネルギーを電気に変え、バッテリーを充電することでエネルギー効率を向上させるものです。ICEVのエンジンブレーキに相当するものですが、BEVでは降坂時などにバッテリー残量が増えていくと、少し得をした気分になります。

エンジンがなくなったことにより、影響を受けた部品には、他にもエンジンの出力を動力源としていたエアコンやパワーステアリングなどが挙げられます。燃費向上や軽量化などの目的で、BEV化を待たずにICEVやHEV/PHEVへの搭載が始まった例も多数あります。

EVシフトに伴い新規開発必至の「三種の神器」だけでなく、前述のように共連れで開発が発生する部品や、EVと大変親和性の高い自動運転システムの開発やクルマ全体の電子システムの再構築など、自動車会社・関連部品会社では、業務量の増加や、開発内容の高度化・複雑化の傾向にあります。フォーラムエイトのAUTOSAR(Classic & Adaptive)対応を含めた組み込みソリューションや、VR技術を使ったリアリティの高い走行テスト環境やドライビングシミュレータなどの開発支援ツールは、多くのお客様の要望にお応えし、開発のお手伝いをさせていただくことができます。お気軽にフォーラムエイト営業担当までお声がけください。(図2)


図2 AUTOSAR対応シミュレーション環境

EVシフトの歴史

本講座の第1話でも少し触れたように、EVの歴史は古く、自動車の普及が始まった1900年頃には、蒸気自動車やガソリン自動車よりもEVが主流で約4割程度を占めていたそうです。約10年後には、ヘンリー・フォードによって、大量生産化に成功することにより、ガソリン車は大幅に安価になりました。電動スターターなどの開発により、使い勝手も改善されガソリン車の時代を迎え、EVは1935年ころには衰退していきました。

その後、現在までに3度のEVブームがありました。1度目は、1970年頃の米国の排ガス規制とそれに続くオイルショックによるもので、ガソリン価格の高騰により、EVへの関心が高まりましたが、普及することはありませんでした。2度目は、1990年代のカリフォルニア州大気資源局のZEV(Zero Emission Vehicle)規制によるもの。自動車メーカーに一定割合のZEVの販売を義務付け、達成できない場合は罰金を科すという厳しい内容でした。裁判所がカリフォルニア州に施行禁止命令を出すなどの紆余曲折もあり、EV普及には至りませんでした。3度目は、2008年のリーマンショックに端を発した米国の経済危機を乗り切るためのオバマ政権の政策によるもの。エコカー開発に対する補助が積極的に行われましたが、米国でのシュール革命が起き、原油価格が下落したため相対的にEVの魅力が低下し、ブームは去っていきました。日産のリーフが満を持して発売されたのは、この時になります。

そして今回は4度目のブーム。後述するようにカーボンニュートラル政策を背景にしたEVシフトに対する世界各国の官民挙げた活発な取り組み姿勢や市場の反応の状況をみると、今回はブームに終わることはなく、本物の大きな波が来ているものだと思います。

EV市場の動向

BEV市場は、世界中で近年非常に成長しており、今後も続くと予測されています。各地の車両の販売台数に占めるBEV比率が高いのは、中国、EU、USA、日本の順であり、中国は、世界のBEV販売台数の60%近くを占める大市場です。世界各国への中国系メーカー製BEVの導入も加速しており、BEVといえば、「なんてったって中国」という状況にあります。大気汚染が深刻な中国では、「新エネルギー車(NEV)規制」という形でクリーンなクルマ(具体的には、BEV、PHEV、FCEV)の普及を目的とした補助金制度や優遇制度を導入し、充電インフラの整備にも力をいれています。NEVへの選択・集中により、ICEVで先行する日米欧の大手自動車会社を凌駕するという政府としての戦略も伺えます。

なかでも比亜迪汽車(BYD)は、中国国内でのBEV販売台数連続第一位だけなく、2022年には、テスラ社を抜いて、販売台数世界一に輝いています。日本市場でも2023年1月から、「ATTO3」というクルマが発売され、大きな話題になっています。このクルマは、2022年に中国で販売開始、オーストラリアやタイなどのアジア太平洋地域でも順次発売され、世界の累積販売台数は20万台以上になっています。日本でも販売店が各地で整備されつつあり、440万円~ というお手頃価格、必要十分な装備やほどよいサイズ感、国土交通省の型式指定の取得、85万円程度の国の補助金や税制優遇など、ブレイクしそうな話題に事欠きません。

ちなみに筆者の現在の愛車は、ハイオクガソリンを燃料とする独製のホットハッチと呼ばれる「ザ・ICEV」。居住マンションの立体駐車場や近隣に充電インフラが設置されるという計画も聞こえてこず、BEVの購入は、現時点で現実的な選択肢ではありません。日本でも2035年には、ガソリン車の新車販売禁止が目指されており、どこかのタイミングでHEVに乗り換えるなどの作戦を練る必要があると感じています。ちょっと先のことなので、「しらんけどー」


図3 中国系メーカー製BEVの世界展開が加速

今後の展望

BEVの普及には克服すべき課題があります。それは、主に車両価格、航続距離、充電時間の長さ、充電インフラの整備といったところになります。充電インフラの整備を除けば、電池にまつわる課題といっても過言ではありません。電池の性能向上や低コスト化、軽量化、小型化によって、大幅な改善が期待できるため、全世界で電池の開発が進められています。

そのひとつとして量産化の期待が高まっているのは、固体電池(Solid-state battery)です。従来の液体電解質を使用する電池とは異なり、固体ポリマーやセラミックスなどの固体電解質を使用して電気エネルギーを蓄える仕組みになっています。固体電池は高いエネルギー密度を持つことができるため、より多くのエネルギーを蓄えることができ、熱や衝撃、腐食に対して安定しており、漏れや破裂のリスクが低減します。高いイオン伝導性を持つため、より高速で充電することができます。もちろん、将来全く新たな原理の革新的な蓄電装置が発明されるかもしれませんが、現在の有力な現実解といえます。

また、電池そのものの開発内容ではありませんが、充電時間の短縮化への取り組みのひとつとして、ユニークな方式が中国で普及しつつあります。専用のバッテリー交換ステーションで、充電済の電池パックに丸ごと交換してしまう方式を吉利汽車(Jeely)や蔚来汽車(NIO)などが進めています。5分程度の時間で交換が完了するそうです。車両価格は、クルマ本体と電池に分離され、クルマ本体は低めの価格設定。電池に関しては、サブスク方式で、定額の基本料金を負担すれば、一定の条件までは、追加費用なく交換が可能になります。BaaS(Battery as a Service)と呼ばれています。

EVシフトのそもそもの目的は、カーボンニュートラルの実現。BEVしか認めないという方針だったEUでは、今年の3月に合成燃料「e‐Fuel」の利用に限り、2035年以降も内燃機関の新車販売を認める方針へ転換されるなど、必ずしもBEV化だけが唯一の答えというわけではありません。電気や電池をつくるときに排出される地球温暖化ガスとの得失や車両や地域の特性に合わせたFCEVや水素エンジン車の導入の可能性など様々な選択肢を残しながらも、「CASE」の柱のテーマとして、BEVを中心とした流れは、大きなうねりとなり、勢いよく続くものと考えられます。


図4 カーボンニュートラル実現に向けた取り組み

(Up&Coming '23 秋の号掲載)



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