はじめに

Masic氏は多機能セメント系材料の専門家であり、持続可能な未来に向けて「コンクリートの多機能化」の観点から社会課題を解決することを研究テーマとしています。今回の講演では、「CO2排出」「建築物の長寿命化」「再生可能エネルギー貯蔵」の3つの課題を題材にしてお話しいただきました。


CO2排出を削減! 次世代コンクリートの誕生

コンクリート製造過程で発生するCO2の総量は、世界全体のCO2排出量の8%を占めるといわれています。近い将来、炭素税が導入されたり、その税率が大幅に引き上げられたりすれば、コンクリートを安価で製造することが困難になると予想されます。
Masic氏のグループはセメントが水和するプロセスを観測し、コンクリート中に炭素隔離できることを発見しました。セメントが水和しているとき適切なタイミングでCO2を与えると、コンクリートの中にCO2が固定され、大気中への排出を抑えることができるのです。これによりコンクリート製造におけるCO2排出の削減に貢献できます。


古代ローマの知恵―自己修復コンクリートの開発

世界的な人口増加、および農村から都市への人口流入を考慮すると、都市の建築物の耐久性を上げることは必須の課題です。その解決策としてMasic氏が提案したのは、古代ローマの建造物にヒントを得た「自己修復コンクリート」です。
古代ローマのコンクリートには「ライムクラスト(石灰の塊)」が多く含まれています。コンクリートがひび割れると同時にライムクラストも砕けますが、そこに水が加わると炭酸カルシウムが溶け出して結晶化。この結晶がひび割れを接着し、それ以上の拡大を防ぐのです。
Masic氏のグループはこの自己修復の仕組みを解明し、さらにライムクラストを意図的に作り出す方法も突き止めました。実際に古代ローマのコンクリートを再現した実験では、割れた部分に水を流しておくだけで、2週間後にはひび割れが修復されたそうです。



コンクリートで充電? 未来のエネルギーソリューション

最後に紹介されたのは「導電性コンクリート」です。セメントと水にナノカーボンブラック粒子を加えることで、電気を通すコンクリートが作れるというのです。
Masic氏のグループは、この導電性コンクリートを用いたバッテリーを研究開発しています。リチウムなどのレアメタルを必要とせず、コンクリートと安価なカーボンブラック粒子だけで作ることができるため、世界中のどこでも手軽に製造できるのが最大の利点です。
安価で大量に作れるコンクリートバッテリーが普及すれば、再生可能エネルギーの活用もさらに進むはずだとMasic氏は述べます。さらに、将来的には、柱や基礎がすべてコンクリートバッテリーの家ができたり(家そのものに電気を蓄えられるので災害に強い!)、コンクリートバッテリーでできた道路からそのまま電気自動車に電力を供給できたりする(走りながら充電ができる!)かもしれないのことです。


おわりに

コンクリートに新しい機能を付加することで、社会課題の解決や持続可能な社会の実現に貢献できる―コンクリートはただ構造物を支えるためだけの材料などではなく、さまざまな可能性を秘めた素材なのだとMasic氏は説き、講演を締めくくりました。

(Up&Coming '24 春の号掲載)




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