vol.13
スポーツ文化評論家 玉木 正之(たまき まさゆき)
プロフィール
1952年京都市生。東京大学教養学部中退。在籍中よりスポーツ、音楽、演劇、 映画に関する評論執筆活動を開始。小説も発表。『京都祇園遁走曲』はNHKでドラマ化。静岡文化芸術大学、石巻専修大学、日本福祉大学で客員教授、神奈川大学、立教大学大学院、筑波大学大学院で非常勤講師を務める。主著は『スポーツとは何か』『ベートーヴェンの交響曲』『マーラーの交響曲』(講談社現代新書)『彼らの奇蹟-傑作スポーツ・アンソロジー』『9回裏2死満塁-素晴らしき日本野球』(新潮文庫)など。2018年9月に最新刊R・ホワイティング著『ふたつのオリンピック』(KADOKAWA)を翻訳出版。TBS『ひるおび!』テレビ朝日『ワイドスクランブル』BSフジ『プライム・ニュース』フジテレビ『グッディ!』NHK『ニュース深読み』など数多くのテレビ・ラジオの番組でコメンテイターも務めるほか、毎週月曜午後5-6時ネットTV『ニューズ・オプエド』のMCを務める。2020年2月末に最新刊『今こそ「スポーツとは何か?」を考えてみよう!』(春陽堂)を出版。
公式ホームページは『Camerata de Tamaki(カメラータ・ディ・タマキ)』
新型コロナ禍で考えるオリンピック改革案
めざせ!脱商業主義・脱肥大化!
コロナも防ぎ、オリンピックも、
より良いものに!
11月中旬、IOC(国際オリンピック委員会)のトマス・バッハ会長が来日。菅義偉首相、小池百合子東京都知事、森喜朗東京大会組織委員会会長らと会談を重ね、1年延期となって来年(2021年)7月開催予定の東京オリンピックを、「予定通り、観客を入れて開催する」ことを再確認。「ワクチンの有無に関わりなく開催準備を進める」と宣言した。
新型コロナウイルス(COVID-19)の来年の感染状況は、まったく不明。誰にも予測できない。そんななかでの《開催「確定」宣言》は、やはり「スポンサー対策」との見方が強い。
東京五輪には協力金の拠出額に応じて、ゴールド・パートナー、オフィシャル・パートナー、オフィシャル・サポーターの3ランクがあり、合計約70社の企業が参加している。
が、大会が1年延長となった結果、約3千億円とも言われる延期に伴う追加費用が発生。当然スポンサー企業にも1年間の契約延長を申し入れることになった。が、契約延長に合意した企業は約4割。6割の企業は未契約も言われ(2020年10月現在)、それら契約を躊躇っている企業に対して、「絶対に開催します」というメッセージを発し、「だから契約延長をよろしく!」とスポンサー契約の延長を促すのが、来日の目的だったようだ。
しかしたとえば、年間1兆円を超す損失の可能性があると言われる世界の航空業界のなかで、日本航空(JAL)は2021年3月期の決算見通しが最大2700億円。全日空(ANA)は5100億円の赤字予想。それらの企業が地上勤務の職員やCA(キャビン・アテンダント)の多くを、家電販売会社や百貨店、地方公共団体などに「一時転職」させているなかで、年間20億円とされるオフィシャル・パートナーとしての追加協力金を出せるかどうか、大いに疑問だ。
協力金は「値下げ」も検討されているらしい。が、そういったスポンサーの事情以上に大問題なのが、五輪大会の期間中に必要とされる医療従事者を集めること。
海外からの選手(通常開催なら約1万2千人)とコーチや大会関係者などが集まる選手村や、多くの観客が集う33の競技会場に、大会期間中の2週間だけでも医師や看護師などが約5千人必要とされ、しかもこれは、新型コロナが蔓延する前に熱中症対策として考えられた数字なのだ。これにPCR検査やコロナ患者が出た場合の搬送隔離等の作業を考えれば、さらに多くの医療従事者が必要となるのは必至だ。おまけに医療従事者に報酬が出るのは、各会場の責任者合計50人程度のみ。残りの約半数は大学病院や大病院からの出向扱いで給料が出るらしいが、他の半数は無給ボランティアだという。
年が明けて春になり、暖かさが増してくると、新型コロナも終息に向かうと言う医療関係者もいる。が、少しでもコロナの脅威が残れば、ただでさえ今までの感染対策で相当に疲弊している病院や医療関係団体が、オリンピックのためにスタッフを割いて派遣するのは相当にむずかしいとも思われる。
そこで考えなければならないのは、オリンピック競技大会自体の改革であり、簡素化であり、縮小化だろう。
IOCと組織委員会は既に、祝賀イベントや仮設会場の設備の見直し、IOCや競技団体役員の来日人数や聖火リレーの車両の削減、ボランティア関連施設の運用や、スタッフの雇用期間の見直しなどで、合計約300億円(全体の約2%)の費用削減を発表した。しかし、競技そのものの縮小案には、まだ手をつけていない。
もしも本気で来年の東京オリンピックを開催しようとするなら、コロナ禍をチャンスと捉え、「商業化・肥大化」しすぎた五輪大会の「改革=縮小化・簡素化」を、日本から(‼)唱えるべきだろう。
たとえばオリンピック以外にも人気のある有名な大会のあるプロスポーツを、オリンピックで行う必要があるだろうか? ウィンブルドンなど四大大会が存在するテニス、マスターズ、全英オープンなどがあるゴルフ、ワールドカップの存在するサッカー、国別対抗戦よりNBA(ナショナル・バスケットボール・アソシエーション)やMLB(メジャー・リーグ・ベースボール)のほうが世界的に注目されるバスケットボールや野球など、わざわざオリンピックで実施する必要はないはずだ。
それらをオリンピックの競技種目に採用したのは、人気競技によって注目度を高め、視聴率の高まるスポーツの存在によって高額の放送権料の獲得をめざす、まさに商業主義の考えから生まれた結果にほかならない。
このような意見に対するIOCの反論は、人気スポーツで世界中の多くの人々の注目を集めることで、オリンピックの目的である「世界平和」を広く訴えることができる……。また、多くの資金を得ることによってユース五輪大会など、若者の教育中心のスポーツ大会まで開催できる……というものだろう。
しかし現在のオリンピックが「世界平和」に貢献していると思う人が、世界中にどれほどいるだろう? しかも全米オープン・テニスで大坂なおみ選手が身につけた「黒いマスク」やBLM(ブラック・ライヴズ・マター=黒人の命も大切)のアピールは、オリンピックでは「人権問題」の主張ではなく「政治問題」の主張とされ、禁止されているのだ。それに、ユースの大会は世界の多くのIF(国際競技団体)でも行っている。何もIOCが主催するオリンピック大会だけが「特別」とは思えないのだ。
さらに「肥大化」したオリンピックを「縮小」するには、(コロナ感染の危険性の高い)室内競技をすべて、競技数の少ない冬季大会にまわすというやり方も考えられる。コロナ禍で室内競技だけを半年間再延期し、北京冬季五輪(22年2月)と同時開催するのもいいだろう。
以上のようなアイデアは、来年の東京五輪には間に合わない「机上の改革案」かもしれない。が、オリンピック・パラリンピックの新たな未来像を示し話し合うのも、コロナで1年延期となり、開催の可能性がまだ不透明な東京大会の重要な役割と言えるのではないだろうか。
(Up&Coming '21 新年号掲載)